津軽のお寺 専求院

お墓参りに行きました。

子育て

こんにちは。

先月は私の父の命日がありまして、家族でお墓参りに行って参りました。

私が高校3年生のときに亡くなりましたので、もう20年以上毎年続けています。

ちょっと遠いのですが、もちろん子供たち全員連れて行きます。
学校もあり、命日にぴったり連れて行くことはできませんが。

当時は、まだ若く、父が「亡くなった」とか「死んだ」とか、そのような言葉を使うのが嫌で嫌で、就職の面接で聞かれた時でさえ、「いなくなった」と言ってしまい、亡くなったのね?と確認されたほどでした。
全く大人げない言動をしたものです。
最近、やっと「父が亡くなった」と言えるようになり、この感情は一体なんだろうかと考えることしばしばです。

 

ところで、お寺にいると、亡くなったという知らせが突然来て、住職が急いで枕経をあげさせていただくということがあります。

仏教の教えは生きるためにありますが、誰かが亡くなったときも、亡くなった人を極楽浄土に送るために読経し、遺された人たちのためにきちんと儀式をし、お別れの時を迎える手助けをする役割もあります。

その遺された人たちの心に寄り添い、時には前に進む手助けをさせていただくのが、お寺の役割であり、私たちの仕事であると考えています。

私の父が亡くなった時に周りの皆さんが私にそうしてくれたように、私もそこに関わっていきたいなと思った命日でした。

 

ちなみに子供達は毎年、私の父にお願い事をしているようです。
願い事をする日ではないんじゃないの?というツッコミは置いておいて・・・子供達は願い事を絶対教えてくれません(笑)

帰り際に突然、上の子供たちが「ママがいなくなっても、きちんとお参りしにくるからね」と言ってくれました。

とても嬉しく思いました。
と、同時に「いなくなっても、なんて勝手に言うな??!!」と叫びましたがね(笑)

読んでいただきありがとうございました。

合掌。

庭。

 

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