浄土宗 専求院

仏さまとともに、命を思う
お寺のある暮らし

           
新しいご供養のかたち・樹木永代供養墓樹木永代供養墓 専求院

ありがとう。

2012.11.29

こんにちは。

お釈迦さまが、阿難(あなん)という弟子に、

「人間に生まれたことをどのように思っているか?」と尋ねられました。
「はい。大変よろこんでおります」と阿難は答えました。

お釈迦さまが、

「では、どれくらい喜んでいるか?」

と重ねて尋ねると、阿難は答えに困りました。

するとお釈迦さまは、一つの例え話をしました。

「盲亀浮木の譬(もうきふぼくのたとえ)」と言われているお話です。

「果てしなく広がる海の底に、目の見えない亀がいる。
その亀は、100年に1度、海面に顔を出す。
広い海には1本の丸太棒が浮いている。
その丸太棒の真ん中には、小さな穴がある。
丸太棒は風に任せて、波に任せて、漂っている。

阿難よ。

100年に1度浮かびあがるその目の見えない亀が、浮かび上がった拍子に、丸太棒の穴に、ひょいっと頭を入れることが有ると思うか?」

聞かれた阿難は驚いて、

「お釈迦さま、そんなことは、とても考えられません」と答えた。

「絶対にない、と言い切れるか?」と、お釈迦さまが念を押されると、

「何億年×何億年、何兆年×何兆年の間には、ひょっと頭を入れることがあるかもしれませんが、ない、と言っても良いくらい難しいことです」

と阿難が答えると、

「ところが、阿難よ。
私たちが人間に生まれることは、その亀が、丸太棒の穴に首を入れることが有るよりも、
難しいことなんだ。有難いことなんだよ」

と教えられています。

「ありがとう」つまり、「有り難う」
感謝の気持ちを表す言葉ですが、とても奥深い言葉です。
言われる方も、言う方も嬉しくなる言葉ですね。

ご飯を食べるにしても、作ってくれた人にはもちろんですが、食卓にくるまでの道のりに関わった人にも感謝をしたくなります。
当たり前のように使っている電気や水道にも。
服や靴にも。

感謝です。

合掌。

読んでくださりありがとうございました。

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