浄土宗 専求院

仏さまとともに、命を思う
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新しいご供養のかたち・樹木永代供養墓樹木永代供養墓 専求院

初心。

2012.12.04

こんにちは。

私の好きな言葉に「初心忘るべからず」という言葉があります。
言葉の通り、初めて何かをした時の気持ちを忘れちゃだめだよ、という意味ですが、私もお経をあげる時に、たびたび心に思う言葉でもあります。

ここ数年、高校生になる息子と共に、お盆の棚経にお伺いしているのですが、年々慣れてくる息子に釘を刺す一言でもあります。
と、同時に息子がお経をあげる姿を見ると、自分の初心も忘れないようにしようと心を改めることも多々あります。

こんな話があります。
千利休が招かれてお茶会に出かけました。

利休を客に迎えた亭主は緊張のあまりガタガタと震えて、茶杓にすくったお茶をこぼしながらという点前でありました。
お供の者が笑ったのに対し、利休は

「あっぱれな点前であった」

と誉めたということです。

昔から「なれなければならないが、なれてはならない」という言葉があります。
初めの「なれ」は「慣れ」であり、熟練するという意味であると思われます。
後ろの「なれ」は 「狎れ」で、惰性に落ちてはならない戒めの言葉ではないでしょうか。

利休はガタガタと震えながら真剣に取り組んだ心を誉めたのです。

古参になると、おしゃべりしたり、何か思いにふけりながらでも上手に間違いなく出来るようになります。
ですが、心の姿勢はきちんと伸びているでしょうか。

大事なのは取り組む心の姿勢なのです。

生まれて初めて取り組んだ、その何かは生涯にたった一度だけ。
二回目に繰り返し取り組んだとしても、それは生涯にたった一度。
三回目、四回目もたった一度。

時がもう一度やってこない限り、どの瞬間もたった一度であることを忘れてはいけないと思います。

それは、ほかならぬ一期一会の心でもあります。

読んで頂いてありがとうございました。

合掌。

 

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